韓国語学校のスピーチ大会の原稿【2018年版】

スピーチ大会
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こんにちは!
日韓ハーフのフリーライターの池野花です。

私は日韓ハーフですが、日本へ留学してきた韓国人の父は日本語ペラペラ、母は日本人で韓国語が話せないため、家庭の中は日本語。
日韓ハーフですが、韓国語はハングルが読めて挨拶ができる程度でした。

日韓ハーフがよく聞かれる質問については、こちらの記事で紹介しています。

しかし、2年半ほど前から韓国語教室に通って勉強していて、やっと中級くらいになり、旅行に行ったときには会話に困らないくらいになりました。
私の通っている韓国語学校では、年に1回スピーチ大会があります。
それぞれが3分の持ち時間で、原稿を暗記して韓国語でスピーチを行います。

先日、2018年のスピーチ大会があり、出場部門で1位をとることができて、うれしかったです。

そこで、自分の記録のために、スピーチの原稿を日本語と韓国語で載せてみることにしました。
興味をもって読んでくれる方がいたら、とてもうれしいです!

韓国語教室のスピーチ原稿(日本語版)

題名:私の恩人

みなさんは恩を返したいと思ったことはありますか?
誰に対してそう思いますか?

私は、叔母に恩を返したいです。
叔母は亡くなった父の従妹で韓国人です。
私が生まれてから6歳になるまで、叔母は私の家族と一緒に日本で暮らしていました。
ですから、叔母は私にとって『二人目の母』のような人です。

叔母は、日本に来た当初は日本語が話せませんでしたが、一生懸命勉強をして韓国に帰国した後は、日本語の通訳者として働いています。
叔母が韓国に帰国した頃、私たち家族はよく韓国に行っていました。
その度に叔母は、私たちを空港まで迎えに来てくれました。
そして、韓国語をしゃべれない私の家族と日本語をしゃべれない家族との会話を通訳してくれました。
今でも私が釜山に遊びに行くと、いつも空港に迎えに来て、家に泊めてくれます。

いつだったか、叔母に尋ねたことがあります。
「うちの家族に、どうしてこんなに良くしてくれるの?」
叔母は、「あなたのお父さんにとてもお世話になったからよ」と答えました。
叔母は、自分が日本に来た理由を話し始めました。

叔母は高校を卒業したものの就職が決まりませんでした。
当時、私の父は日本へ留学に行き、私の母と結婚していました。
父は叔母の話を聞き、日本に来なさいと叔母を呼び寄せたそうです。
だから、叔母は私たちの家に住んでいたのです。
叔母がうちの父が亡くなった後も私たち家族によくしてくれる理由がわかりました。

ただ、私は「よくしてもらったお返しがしたい」と言うと、
叔母は「恩はくれた人に返すことができないことも多い。私もあなたのお父さんには返せなかった」と言いました。

しかし、私にとってよい機会がきました。
年末に叔母の弟の家族と叔母が東京に来るのです。私と私の家族は東京を案内し、美味しい日本料理を一緒に食べることにしました。
こんな風に親戚とずっと交流していることが、父に親孝行をする道だと思います。

スピーチの内容まとめ

私は自分が幼い頃、叔母と一緒に住んでいた理由を、大人になってから知りました。
小さい頃は当たり前のことすぎて、疑問にも思わなかったんです。

困っている従妹に「日本に来なさい」と誘う父もすごいですが、それを受け入れた母もすごいなぁと。
その結果、私たち子どもにとって、第二の母のような存在でいてくれることもありがたいことだと思っています。

韓国に行って叔母に会うと、叔母が日本語がペラペラなせいか、つい日本語で話してしまいます。
叔母には、「もっと韓国語で話しなさい」「もっと勉強しなさい」と言われていますが(笑)、私のペースで今後もしっかりと韓国語を勉強していきたいと思います。

次に、スピーチ原稿の韓国語版も載せます。

韓国語教室のスピーチ原稿(韓国語版)

제목 : 나의 은인

여러분은 은혜를 갚고 싶었던 적이 있습니까?
누구에게 그러고 싶습니까?

저는 우리 고모에게 은혜를 갚고 싶습니다.
고모는 돌아가신 우리 아버지의 사촌인데 한국 사람입니다. 제가 태어나서 6살 때까지 고모는 우리 가족과 같이 일본에서 살았습니다.
그래서 고모는 저에게 ‘두 번째 어머니’ 같은 사람입니다.

고모는 일본에 왔을 때 일본어를 할 수 없었지만 열심히 공부해서 한국에 귀국한 후에는 일본어 통역사로 일하고 있습니다.
고모가 한국에 귀국했을 때 우리 가족은 자주 한국에 갔습니다. 그때마다 고모는 우리 가족을 공항까지 마중왔습니다.
그리고 한국어를 못하는 우리 가족과 일본어를 못하는 가족의 대화를 통역해 줬습니다.
지금도 제가 부산에 가면 항상 공항에 마중오시고 저를 고모 집에 있게 합니다.

언젠가 고모에게 물어본 적이 있습니다.
“저희에게 왜 이렇게 잘해 주세요?”
고모는 “네 아버지에게 신세를 많이 졌으니까”라고 했습니다.
고모는 일본에 온 이유를 말했습니다.

고모는 고등학교를 졸업한 후에 취직하지 못했습니다.
당시 우리 아버지는 일본에 유학와서 우리 어머니하고 결혼했습니다.
우리 아버지는 고모의 이야기를 듣고 일본에 오라고 했습니다.
그래서 고모는 우리 집에서 같이 살았습니다.
고모가 우리 아버지가 돌아가신 후에도 우리 가족에게 잘해 준 이유는 그거였습니다.

그래도 저는 고모에게 “은혜를 갚고 싶어요”라고 했는데
고모는“은혜를 입은 사람에게 갚을 수 없을 때가 많아. 나도 네 아버지에게 그래.”라고 했습니다.

그러나 저에게 좋은 기회가 왔습니다.
연말에 고모의 동생 가족과 고모가 도쿄에 옵니다.
저와 우리 가족은 도쿄를 안내하고 맛있는 일본 음식도 같이 먹을 겁니다.
이렇게 친척하고 계속 만나는 것이 우리 아버지에게 효도하는 길이라고 생각합니다.

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この記事を書いた人

池野 花

池野 花

●2019年2月、田園都市線の池尻大橋駅近くに本屋をオープンしました。
●ライター歴は会社員時代と合わせて10年ほど。2017年7月からフリーランスのライターになりました。
企業や人物を取材してインタビュー記事を書いたり、集客のためにSEOを意識したコンテンツマーケティングの記事を書いています。
●日韓ハーフ(父:韓国 母:日本)で翻訳勉強中