『死にたいけどトッポッキは食べたい』の感想

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こんにちは!
CafuneBooksの池野花です。

読書をした感想をポッドキャストで配信し、その内容を音声入力して編集しブログに書いています。

今回読んだ本は、『死にたいけどトッポッキは食べたい』です。

『死にたいけどトッポッキは食べたい』はどんな本?

『死にたいけどトッポッキは食べたい』は韓国のエッセイの翻訳本です。
光文社から2020年の1月に出版されていて、手元の本は20年3月時点で4刷なので、けっこう重版がかかっています。

著者はペク・セヒさん。
軽度のうつと不安障害で心療内科に通院していて、先生とのカウンセリングの様子が対話形式で綴られています。

著者は、この本を書いた理由をこう語ります。
「表面的に元気に見えていても内側に膿を抱えている人間はけっこう多いのでは。
世間はひどく明るい部分やすごく暗い部分にばかり注目するけど、自分のように表面上わからない人は理解されにくいのかもしれない。
自分と同じような状況にある人は他にもいるんじゃないか」

元々はブログで連載していたものを韓国で200冊限定のブックファンドとして出版し、40万部を超える話題のベストセラーになりました。
今の勢いだと、日本でもベストセラーになりそうです。
なぜ、この本が受け入れられたかを読みながら考えてみました。

1.誰かの胸の内を深く知ることができる

カウンセリングの様子を赤裸々に出しているので、著者の不安な胸の内や悩みがとてもリアルに描かれています。
日常生活を送っていると、ここまで誰かの胸の内を聞くことは少ないと思うので、そこが新鮮です。

2.先生の言葉で、読者も心が軽くなる

カウンセリングなので、「その出来事は、こんな風に捉えてはどうですか?」と先生が話します。
著者が抱える不安や悩みは、深さの度合いは違えど誰しも頭をよぎることがある悩み。
先生の言葉の中に、自分の心を軽くしてくれるヒントが見つかるのではと思いました。

『死にたいけどトッポッキは食べたい』はどんな人におすすめ

『死にたいけどトッポッキは食べたい』は、不安や悩みが多い人の癒しになるのではと思いました。
こんなことを考えるのは自分だけなんだろうかと思っている人は、読むとちょっと気が楽になる本かもしれません。

ところで、『トッポッキ』はどんな食べ物なのか

余談ですが、題名になっている「トッポッキ」
どんな食べ物か、よくわからない人もいると思うので写真を入れておきます。

小さい筒状のお餅と薄いおでん、人参などの野菜を切ったものを甘辛く炒めたものです。
韓国では屋台などで売っていて、高校生が食べたり、大人が食べたりもします。
愛されているB級グルメみたいな感じ。
日本の何にあたるかはちょっと難しいですが、お好み焼きよりも手軽に食べられるので、たい焼きみたいな存在でしょうか。

日本では、品数の多い韓国料理屋さんに置いてあったりしますので、辛い物が大丈夫な方はぜひ食べてみてください。

タイトルとしては、死にたいような気持ちになる一方で、元気なときと同じように食欲はあるというニュアンスかと思います。
タイトルや表紙のイラストからうける印象より、内容はわりとシリアスです。

『死にたいけどトッポッキは食べたい』の感想

著者は、さまざまな出来事が起こる原因を自分のせいだと思ってしまう、自分を責める傾向が強い方のようです。
先生が話されていましたが、「自己肯定感が低いと、他人の目線で自分を評価してしまったり、人と自分を比較してしまったりする」と。
それが、どんどん悩みを作り出す原因になっているのだなと思いました。

先生の語る内容で、気持ちのほぐし方が面白いなと思ったのは、著者が「酔うと小さな嘘をついてしまう」という相談をしたとき。
自分が人から悪く思われないように些細な嘘をついてしまう癖があって、やってしまうと後になって「自分は何であんな嘘をついたんだろう」と自分を責めてしまうと話します。

それに対して、先生は「多少嘘をつくことは誰にでもあることだし、そもそも酔っ払いは『酔ってません』と頻繁に嘘をついてます。だから、そんなに自分を責めることはないです」と答えます。
たしかに、そんなウソをつく酔っ払いは、けっこう見かけます(笑)

また、著者はよく「未来の自分が今の自分を見たらどう思うだろう」と考えるそう。
それはネガティブな意味合いで、「10年後の私が今の自分を見たら、何でそんなことに悩んでるんだろう」と思うだろうと。

それに対して、先生は「逆に考えたらどうですか? たとえば20歳の自分が今のあなたを見たらどう思いますか?」と聞きます。
すると、著者は「大学に行って、出版社で仕事をしている自分をみたら頑張ったなと思う」と答える。

この対話を読みながら、「過去の自分が、今の自分を見たらけっこう頑張ってるよねと思う」という考えはいいなと思いました。

自分に置き換えると、私は日韓ハーフなのですが、長く韓国語は文字を読めるのと挨拶ぐらいしかできませんでした。
当時は国籍が韓国だったので、韓国の親戚に会う度に「韓国人なんだから韓国語を勉強しなさい」といつも言われる。(韓国人はストレートです)
でも、人から勉強しなさいと言われて勉強するのは義務のようで、なかなか腰が重かった。

ただ、30を過ぎて日本国籍に帰化したあたりから、逆に韓国というアイデンティティを大事にしたいと思い始め、勉強を始めます。

30を過ぎてからだったので、もっと若いときから勉強している人もいるし、2000年ぐらいの冬ソナブームから韓国語を始めた人は10年以上勉強している人ばかり。
今さら始めるのも遅いよね、なんて思いながら始めました。

思えば、その感情は「勉強し始めてちゃんと続くのか、話せるようにならなかったらどうしよう」という不安からの逃避だったのかなとも思います。
今は、勉強を始めて5年近くたちましたが、5年と聞くとそれなりの重みを感じますし、旅行で困らないくらいには会話ができるようになりました。

やっぱり、思い立ったときが、一番早いタイミングだし、若いタイミングなんだと思う。
今後も、やりたいことがあったら迷わずにやることを大事にしたいと思いました。

自分の人生を振り返ると、昔は王道を行きたい思いがすごく強かったんですよね。
大学を出て、大手企業に入って結婚をして子供を産んで、子供を産んでもバリバリ働く生き方をするんだろうなと思っていた。

大手企業に入るところまではイメージ通りでしたが、そこからベンチャー企業に転職して、最終的にはフリーランス。
結婚はしましたが、最近離婚しましたし、今のところ子供はいません。
結果的には、かなりマイノリティな方向にいってます(笑)

自分が思い描いていた人生とは全然違いますが、自分らしい選択の積み重ねの結果かなと思っています。
(もちろん王道をいって、幸せな方もたくさんいると思います)
マイノリティな状態が掛け合わされることで、希少価値になるとも捉えられるのかなと。

だいぶ、話がそれました(汗)
先生がカウンセリングで話した内容で、いい言葉だなと思ったことがあったので、それを最後に伝えたいと思います。

著者が「人間関係が狭くて、仲良くなった人にどうしても依存してしまう」と話したときのこと。
人間関係が狭いと、三角形になって角が尖り、心に刺さってしまう。でも、多様で深い人間関係が増えていくと、八角形になり十六角形になり、徐々に角がとれて円形に近づく。すると気持ちも楽になっていく」と語っていました。

最近だと、新型コロナの話。
本当に人によって捉え方が違うなと強く感じます。

自分の感じ方が絶対とは全然思わないですが、感染者がまた増加している一方で、重症患者数はものすごく減っているという状況がある。

でも、政府や自治体からその状況はあまり伝えられないし、今をどう捉えるべきかという基準が提示されてないので、みんなが迷っている印象があります。

身の危険を感じてずっと家にいる人がいる一方で、私は自分が会いたい人には会いたいと思っています。
(最近は取材が減っていて自宅での仕事が多いので、日常的には出歩く機会は少ないですが、好きな飲食店さんには行きたいし、友人にも会いたい)

もちろん、持病があったり、家に高齢者がいたりすると、より慎重に動かざるをえないので、私も誰かを誘うときに相手の負担になってはいけないなと思います。

こんな風に、同じ出来事がみんなに同時にふりかかることが、私の知る限りではこれまでなかったので、同じ出来事でも捉え方が本当に違うんだなと気づくキッカケにもなりました。

だいぶ本からそれた内容が多くてすみません(笑)
世の中にはいろいろな考え方があることを知れて、自分ではないほかの人の気持ちを深く知れる本でした。

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この記事を書いた人

久保 佳那

久保 佳那

人材系企業で求人広告の取材・ライティング、SEOコンサルティング会社で大手企業のオウンドメディアのコンサル・ライティングを経験。自分の取材好きを実感し、新たな出会いや経験を求めて独立。
知的好奇心をくすぐられる人を取材して、心揺さぶられたことを言葉にするのが特技。誰かの想いがうまく伝わらないときに、自分が言葉を翻訳して意思疎通ができたときに達成感を覚える。ライター業の傍ら、本好きが高じて「言葉」をテーマにした本屋カフネブックスを渋谷の隣り池尻大橋駅にオープンしたが現在は閉業(復活計画中)。